大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和46年(ネ)479号 判決

控訴人 栗原光美

控訴人 斎藤きよ

控訴人 栗原富美

右三名訴訟代理人弁護士 尾崎憲一

被控訴人 川島辰三郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

(被控訴人の主張)

一、請求の原因

1.被控訴人は、昭和二九年六月九日、控訴人らの先代栗原藤次郎から同人所有の別紙目録第一記載の土地を含む館林市大字新宿遍照寺南二五四番の一畑九畝歩および別紙目録第二記載の土地を代金七万五、〇〇〇円で買受ける旨の契約を締結し、同日右代金を支払った。なお、特約として、同年一〇月八日までに代金全額を買主に提供して買戻しができる旨約定した。

2.右藤次郎は、買戻期限内に買戻しをせず、被控訴人に対する所有権移転登記もすることなく、昭和三三年一一月一九日死亡し、控訴人栗原光美が別紙目録第一記載の土地を含む前記畑九畝歩を単独相続し、訴外栗原さよおよび控訴人ら三名が別紙目録第二記載の土地を共同相続し、前記土地につきその旨の各登記を経由した。右栗原さよは昭和四〇年六月二〇日死亡し、控訴人ら三名が共同相続した。

3.よって、被控訴人は、控訴人栗原光美に対し別紙目録第一記載の土地につき、控訴人ら三名に対し別紙目録第二記載の土地につき、いずれも昭和二九年六月九日付売買を原因とする各所有権移転登記手続をなすことを求める。

二、抗弁の認否

1.抗弁1の事実は否認する。

2.同2の事実は否認する。

3.同3の事実中、昭和三二年頃栗原藤次郎から四万円を受取ったことは認めるが、それは買戻代金の一部として受領したものであって、これに対しては被控訴人は当初の売買目的物件であった畑九畝歩のうち、別紙目録第一記載の四畝二九歩を除くその余の土地を控訴人光美に返還した。また控訴人らから昭和四六年六月八日一八万九、〇〇〇円が送金されたことは認めるが、被控訴人はその直後これを控訴人らに返金した。その余の法律上の主張は争う。

(控訴人らの主張)

一、請求原因に対する答弁

1.請求原因1の事実中、被控訴人主張の土地が栗原藤次郎の所有であったことは認めるが、その余は否認する。

被控訴人主張の売買契約は、控訴人光美が藤次郎に無断でその名義を冒用して締結したものである。

2.請求原因2の事実は認める。

二、抗弁

1.仮に控訴人らが右売買契約に基づく責任を負担するとしても、右契約は譲渡担保の趣旨でなされたものである。すなわち、控訴人光美は、昭和二八年六月頃被控訴人から五万円を利息一か月五分の約束で借用したが、昭和二九年六月被控訴人との間でその元利金を合せた七万五、〇〇〇円を元本として契約を更改し、その担保の趣旨で前記売買契約を結んだもので、特約にいう買戻期限は弁済期にほかならない。

2.右契約当時における本件土地の価格は二〇万円相当であったが、これをわずか七五万五、〇〇〇円の債務のため譲渡担保に供したのは、当時控訴人光美が事業に失敗して窮迫した状況にあり、かつ法律的に無知であったところから被控訴人が控訴人光美の窮迫無知に乗じてなさしめたものである。よって右契約は公序良俗に反し無効である。

3.仮に右主張が認められないとしても、本件譲渡担保契約は清算型と解されるものである。従って債務者は、たとえ債務の弁済期到来の後にあっても、債権者が目的物を換価処分するまでは、元来の債務と利息損害金を債権者に提供するときは目的物件を取戻すことができるものというべきである。

ところで控訴人側は本件債務について次のとおり弁済し、もしくは弁済のため提供した。

(一)本件元本債務七万五、〇〇〇円に対する約定利息は月五分であるが、旧利息制限法(昭和二九年六月一五日法律一〇〇号による改正前のもの)によりその利息損害金は年一割に制限されるから、右制限利率によって計算すれば右元本に対する昭和二九年六月九日から昭和三二年一二月三一日までの利息損害金は合計二万六、五〇〇円である。これに対し控訴人ら先代栗原藤次郎は昭和三二年中(月日不詳)四万円を被控訴人に支払ったから、前記利息損害金は支払済となった。

(二)次に右元本七万五、〇〇〇円に対する昭和三三年一月一日から昭和四六年六月八日までの損害金は、右制限利率によれば、合計一〇万五、〇〇〇円である。従って同日現在における元利金は合計一八万円であるところ、控訴人らは同日被控訴人に対し右金額を上廻る一八万九、〇〇〇円を送金した。

以上により控訴人らは本件土地所有権を取戻したというべきであるから、被控訴人の本件土地所有権取得を原因とする本訴請求は理由がない。

(証拠関係)〈省略〉

理由

別紙目録第一記載の土地を含む館林市大字新宿遍照寺南二五四番の一畑九畝および別紙目録第二記載の土地が控訴人ら先代栗原藤次郎の所有であったこと、藤次郎が昭和三三年一一月一九日死亡し、被控訴人主張のとおり控訴人らがこれを相続し右土地につきそれぞれ所有権取得登記を経たことは、当事者間に争いがない。

原審ならびに当審における控訴人栗原光美本人尋問の結果および原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、昭和二九年六月九日控訴人栗原光美が藤次郎名義で被控訴人に対し前記各土地を代金七万五、〇〇〇円で売渡し、同年一〇月八日までに同額で買戻しができる旨の買戻約款付売買契約を締結したことを認めることができる。

控訴人らは、右契約は控訴人光美が藤次郎に無断でしたものであると主張するが、右主張に符合する控訴人光美本人尋問の結果はたやすく信用しがたい。却って、右契約に当って作成された売渡証書である甲第一号証の一の藤次郎名下の印影は成立に争いのない甲第一号証の二の同人の印影と同一であるから、反証のないかぎり右甲第一号証の一は真正に成立したものと推定され、従って藤次郎は右契約締結を承諾していたものと推認しうるのである。よって右契約は有効に成立したものということができる。

進んで控訴人ら主張の抗弁について検討する。

原審ならびに当審における控訴人栗原光美の本人尋問の結果によれば、光美は昭和二八年六月頃大熊某の紹介により貸金業者である被控訴人から藤次郎名義の物件を担保に入れる約束で五万円を利息月五分の約で借用したこと、控訴人光美は、右借受元利金の支払をしなかったので、昭和二九年六月九日被控訴人の要求により元利金を合せて七万五、〇〇〇円とし、その担保の趣旨で前記売買契約を結ぶに至ったことが認められ、右認定に反する被控訴人本人および当審証人川島ちゑの各供述は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

控訴人らは、右契約は公序良俗に違反すると主張するけれども、被控訴人が控訴人光美の窮迫無知に乗じて右契約締結に及んだことを認めるに足りる証拠はなく、原審における控訴人栗原光美本人尋問の結果および鑑定の結果によれば当審における右土地の価格は少なくとも二〇万円を下らないものと認められるとしても、それだけではいまだ公序良俗に反する無効な契約とはいいがたいし、まして後記のように右契約はこれをいわゆる清算型譲渡担保契約であると認めるとすれば、その無効でない所以は一層であるというべきである。

ところで、前記認定のように、本件契約は形式は買戻権付売買であったにせよ、実質は貸金債務の担保のため目的物件の所有権を債権者に移転する趣旨のいわゆる譲渡担保契約と解するのが相当であり、買戻期限は債務の弁済期と解すべきである。そして本件被担保債権は元本七万五、〇〇〇円であるのに対し物件の価格は少なくとも二〇万円であって、明らかに合理的均衡を失するものというべきである点に鑑みれば、特別の事情のないかぎり、本件は清算型譲渡担保契約というべきである。そしてこのような譲渡担保契約にあっては、債務者が弁済期に債務を弁済しないときは債権者は目的物件を換価処分し、その代価により債権の満足を受け、超過分があればこれを債務者に返還することを要し、債務者としては、弁済期経過後であっても、債権者の換価処分前には債務を弁済して目的物件を取戻すことができるものと解すべきである。

よって控訴人ら主張の弁済の提供による目的物件の取戻の点について考えるに、控訴人ら先代藤次郎が昭和三二年中控訴人光美の借用債務につき四万円を被控訴人に弁済したことおよび控訴人らが昭和四六年六月八日残債務の弁済として一八万九、〇〇〇円を被控訴人に送金したことは当事者間に争いがない。しかし目的物件の取戻のためには単に弁済の提供あるに止まらず、その弁済を了したことを要するものと解すべく、その提供は単に債務者の履行遅滞の責を免れしめるに止まるものと解すべきものであるところ、当審における控訴人本人栗原光美本人尋問の結果によれば、被控訴人は右金一八万九、〇〇〇円の送付を受けた後直ちにこれを控訴人に返送したことが認められるのであって、控訴人らにおいて右金員を弁済のため供託した事実がない以上弁済の効果はこれを発生せしめるに由なきものとしなければならない。しかるにその弁済供託のあった点について何等の主張も立証もない本件においては控訴人らが本件土地の所有権を取戻したとの主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないこととなる。よって控訴人らの抗弁はいずれも採用できない。

そうだとすれば、控訴人らは被控訴人に対し本件土地を換価処分させるため被控訴人主張のとおりそれぞれその移転登記をなすべき義務があり、被控訴人の請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がなく棄却を免れない。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菅野啓蔵 裁判官 渡辺忠之 裁判官中平健吉は退官につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 菅野啓蔵)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例